『妄想と強迫 フランス世紀末短編集』 エドゥアール・デュジャルダン

妄想と強迫 フランス世紀末短篇集 エドゥアール・デュジャルダン

何度か記事にした『もう森へなんか行かない』の著者エドゥアール・デュジャルダン『妄想と強迫 フランス世紀末短編集』が発売されるというので予約して買った。フランス世紀末、狂気の文学といえば、まさに大好きなジャンルなので、楽しみにしていた。

まず訳者あとがきに目を通すと、「ヴァレリィ・ラルヴォ(Valéry Larbaud)」という記載があり、椅子から転げ落ちそうになった。何故”b”のつづりが「ヴ」になるのか。これは誤植か、何かの間違いだよなと気を取り直して読み進めた。すると、日本の読者がはいりやすく、また読みつぎやすいように考えて訳者が勝手に短編の順序を入れ替えたとの記述がある。は? 翻訳家にそんな権限があるのか? 短篇の読む順番なんて読者の自由なのだから、最初の短篇を読んで読みにくければ、他から読むこともできるだろう。この辺でかなり不愉快だったのだが、一応、原著の順番も記載してあり、その順番で読むこともできる。

収録されている十三編は、それぞれが著名人やその他に捧げられている。私の知らない人も多いが、ヴィリエ・ドゥ・リラダンジョリ=カルル・ユイスマンスオディロン・ルドンカチュール・マンデスの名があるのは嬉しい。読むのが楽しみになってきた。訳者が勝手に順序を入れ替えたが、原著ではリラダンに捧げられた作品が一番目だ。

本文は上部に空白があり、時々、頭注がある。澁澤龍彦訳の『さかしま』ユイスマンス)のようにマニアックなまでの注がある本は嫌いではないはずなのだが、『妄想と強迫』の注は、ちょっと調べれば分かりそうな地名や人名がほとんどで、こんな注ならない方がましだ。そして、”b”のつづりが「ヴ」となる表記は本文でもそのままだ。おそらくフランス語通りに疑問符を付けたのだろうけど、日本語にすると疑問符の位置がおかしいところがある。意識の流れがブッタ切られることこの上ない。

この訳者は熟語を漢字と平仮名に分けるのが大好きみたいで、「恋びと」とか「夕がた」とか、この辺も私の好みではないが、まだ許容範囲だ。何じゃこりゃと思ったのは「ひと気(け)」という記載だ。「人気」と書いて「ひとけ」と振り仮名をふるなら理解できる。何故、わざわざ平仮名と漢字に分けてあるので「にんき」と読むはずがないのに中途半端な振り仮名が付いているのか。

私が、もっと許せないのは「目まい」だ。「めまい」は熟字訓だ。「目眩」、「眩暈」の表記があるが、訳者が「目」という漢字を使っているので「目眩」を想定しているのだろう。これひとかたまりで「めまい」であって、「眩」と書いて「まい」と読むわけではない。こういうのが出てくるたびに、いちいち腹が立つので全然読書に集中できない。

意味不明な文も出てくる。

彼はまた三つの博士号をもち、七か国語で読み書きができたが、母方のことはよく理解されていなかった。(p.72)

「母方のこと」とは何なのか、前後の文脈を読んでも不明だ。「理解されて」とは受身の意味か、尊敬の意味か、受身だとしたら誰に理解されていなかったのか、突然ここだけ尊敬の意味になるのは不自然だ。余計な頭注はいらないから、こういう意味不明なところを説明して欲しい。

でもまあ、せっかく買ったのだからと読み進めた。「一日の物語」は身なりに対する心づかいが考えの半ばを占めていて、四十五分にもおよぶ身づくろいをするダンディの話で、いいね、私こういうの好きだわと思いながら読んでいると、そのダンディの箴言が出てくる。どんなかっこいいことを云うのかと思ったら、なんと「馬子にも衣裳」。またまた椅子から転げ落ちそうになった。

頭注には「服装は修道士をつくる(l’habit fait le moine)」とある。今調べて知ったが、フランスのことわざに”l’habit ne fait pas le moine”がある。僧衣を着ているからと云って本当の僧とは限らない、人は外見で判断してはならないという意味だ。ということは、このダンディは反対に、外見でこそ判断されるべきと思っているのだと推測できる。「つまらぬ者でも外形を飾るとりっぱに見える」という意味の異邦のことわざが出てくる余地はない。

もうやだ、この本、大嫌い。原著は面白そうだが、日本語版が大嫌い。フランス語を勉強していたことがあったけど長い間サボってしまった。また勉強し直そうかな、と思わせてくれるきっかけになり、よかった。

《過去の記事》
『もう森へなんか行かない』 エドゥアール・デュジャルダン ロマンチックな愚か者
『もう森へなんか行かない』 エドゥアール・デュジャルダン フランス好きの私の好きな小説
ヴィリエ・ド・リラダンとワーグナー
『もう森へなんか行かない』のエドゥアール・デュジャルダンの新刊『妄想と強迫(仮) フランス世紀末短編集 Les Hantises』が4月に発売予定

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