ドン・ファンは何に勝利したのか

ドン・ジョヴァンニ モーツァルト Mozart Don Giovanni

オペラ『ドン・ジョヴァンニ』(モーツァルト 1787)のストーリーは理解できるが、本質を理解するにはキリスト教信者でなくてはならないのだろう。『黄金の壷/マドモワゼル・ド・スキュデリ』ホフマン 光文社古典新訳文庫)に収録されている「ドン・ファン-旅する熱狂家の遭遇した不可思議な出来事-」(1812)を再読すると、「ただ物語の筋ばかりを取りあげるとしたら、モーツァルトがなぜこのような音楽を考え、詩にうたいあげることができたのか、ほとんど理解できはしない」とある。

ドン・ファンはそこらのつまらぬ愚民と違って 神々に近い勝利者、支配者で、彼の肉体的、精神的組成からくる生への要求が彼を鼓舞した。人間の本性のうち、もっとも昂揚させるもの、それは恋だが、どの女を選んでも常に期待を裏切られる。最後には地上の生すべては味気なく退屈だと思わざるをえなくなる。

そして、人間を軽蔑し、最高のものと信じていたのに裏切った恋という現象に反抗する。幸福な恋とそこから生まれる小市民的な結婚において、いささかでも実現されると期待している人間どもを、せせら笑い、花嫁を誘惑する、恋人たちに痛みの消えない打撃を与えてこの幸福をぶちこわす、こういう行為のひとつひとつが、悪意ある力、自然、創造主に対する輝かしい勝利なのだ、とホフマンは書いている。

「結婚はオワコン」は最近できた言葉だが、そもそもアダムとイヴの昔から「結婚はオワコン」だったのだ。

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