『ホフマン物語』の原作、「砂男」(『夜景作品集』(1817)収録)と「クレスペル顧問官」(『セラーピオン朋友会員物語』(1819)収録)は手に入りやすい『ホフマン短篇集』(池内紀編訳 岩波文庫)に入っている。「大晦日の夜の冒険」(『カロ風幻想作品集』(1814)収録)は国書刊行会のドイツ・ロマン派全集第13巻ホフマンⅡを借りて読んだ。オペラの『ホフマン物語』は未完のまま作曲のオッフェンバックが世を去ったため色々なバージョンがあり、三つの話の順番は違う場合がある。どの話にもピアノが出てきて音楽に縁があり、オペラ化されるのも自然なことだ。
《砂男》
この、男が自動人形オランピアに恋して狂い死ぬ素敵な話は好きで何度も読んだ。「人形愛」の 話として読んでもいいとは思うが、ナタナエルはオランピアを人形として恋するわけではない。 オペラや映画と違って、眼鏡で錯覚するわけでもない。全ての恋は勘違いで、相手が何を考えているかは分からない。ナタナエルはオランピアの肌の冷たさに気づくが、衝動は止まらない。そういう状態になってしまうのは自分の意志ではないので、この怪奇なメルヘンも現実も変わりはない。
『ホフマン短篇集』(池内紀編訳 岩波文庫)にはアルフレート・クービンの不気味な挿絵が載っているのがよい。種村季弘訳では訳注がある。文中の「死せる花嫁の伝説」はおそらくゲーテの「コリントの花嫁」を指しているらしい。
ゲーテ,ヨハン・ウォルフガング・フォン『コリントの花嫁』 html版
原題:Johann Wolfgang von Goethe, THE BRIDE OF CORINTH
訳者:山本雅史
公開:2008/03/18
「コリントの花嫁」(1797)は吸血鬼文芸としてその手の本によく登場するが、ホフマンにも吸血鬼ものがある。ホフマン全集では「ヴァンパイアリズム」(『セラーピオン朋友会員物語』収録)、『ドラキュラドラキュラ』(種村季弘編 河出文庫)では「吸血鬼の女」というタイトルになっている。正統派吸血鬼ものの雰囲気だが、喰屍鬼に近い。また、体温の冷たさを感じるという描写は次の「クレスペル顧問官」にもある。
《クレスペル顧問官》
歌を歌うと死んでしまう病気の娘アントニエの話。娘の父で奇人のクレスペルは娘に歌を禁じるが、アントニエは作曲家の婚約者のピアノの伴奏で歌い、死ぬ。『カルパチアの城』(ジュール・ヴェルヌ)に影響を与えているような気がする。
《大晦日の夜の冒険》
娼婦ジュリエッタに誘惑されて鏡像を奪われる男の話。ホフマンの小説には恋、死、奇人がよく出てくるが、「大晦日の夜の冒険」には他の二作品以上に多く、波瀾万丈な話だ。
ジュリエッタはユーリアのイタリア語の縮小形で、ユーリアはホフマンが実際に恋した娘と同じ名前だ。 怪人物ダペルツットウ医師の名前はイタリア語で「いたるところに」という副詞。オペラと違ってダペルツットウがジュリエッタに宝石を与えたり主人公が恋敵と決闘するエピソードはないが、終盤、主人公とダペルツットウ、ジュリエッタの対決は激しい。
《追記》
『ホフマン物語』(石丸静雄訳 新潮文庫)、『砂男/クレスペル顧問官』(大島かおり訳 光文社古典新訳文庫)に三作品まとまっている。(2015年5月5日)