1897年、モンマルトルの丘のふもとに、グラン=ギニョル座という劇場が生まれた。人々は身の毛もよだつようなスリルを求めて、夜な夜なその劇場につめかけた。そこで上演されていた恐怖演劇をグラン=ギニョルと呼ぶ。モチーフはマッド・サイエンティスト、ギロチン、人体改造、拷問等など。フランスはおしゃれなイメージがあるが、こういう怪しいところがいいですね。
『グラン=ギニョル傑作選 ベル・エポックの恐怖演劇』(真野倫平 編・訳 水声社)には七編収録されている。ポスターやプログラムのカラー図版、あらすじがたくさん載っている主要作品紹介と、充実した内容だ。恐怖演劇ではあるが、どれも恋愛要素、三角関係が含まれている。
モーリス・ルヴェルは『夜鳥』(創元推理文庫)の数篇を読んでいたので、「闇の中の接吻」も面白くないわけはないと思っていた。女に硫酸を顔中にかけられた男は証言すれば女を有罪にできるのに、その女を許すという、が・・・という話だ。途中で男の意図は読めたが、どのような行動をするのかは楽しみにしながら読んだ。
素晴らしくよかったのがアンドレ・ド・ロルド/アンリ・ボーシュ「幻覚の実験室」だ。アンドレ・ド・ロルドは『グラン=ギニョル 恐怖の劇場』で名前を知っていた。博士と助手の話で、博士の台詞がとてもかっこいい。交通事故に遭った男を博士は手術するが、妻とその男の仲を疑った博士は・・・。
ガストン・ルルーの「悪魔に会った男」は悪魔との契約、『ファウスト』のテーマが『オペラ座の怪人』と共通している(直接そういうシーンはないがオペラ『ファウスト』が重要な位置を占めている)。悪くはないが『オペラ座の怪人』や『血まみれの人形』ほどのインパクトはない。
E・エロ、L・アブリク「未亡人」はコメディ色が強い。「彼女と寝た男はみな死ぬことになる」ことから、未亡人は隠語でギロチンを指す。
シャルル・メレ「安宿の一夜」は少ない登場人物で凝ったサスペンスだ。不倫関係の貴族の男女、治安の悪い地区のホテルで男が女を怖がらせる遊びをするが・・・。
ピエール・シェーヌ「責苦の園」は東洋、スパイ、ファム・ファタールものの長めの作品。あのオチはファム・ファタールものとは云わないのかもしれないが、雰囲気はまさにそう。
マクス・モレー、シャルル・エラン、ポル・デストク「怪物を作る男」はストーリーはたいしたことないのだが、サーカスを舞台にした怪しさと、怪人物の無茶さが強烈でいい。
恐怖にはホラーとテラーがあり、ホラーは内的で持続時間が長く、テラーは外的恐怖で持続時間が短い。イギリス的モンスターはホラーで、フランス的グラン=ギニョルはテラーなのではないかと『グラン=ギニョル 恐怖の劇場』の訳者梁木靖弘 は書いている。グラン=ギニョルにモンスターは出てこない。全部人間だ。ショッキングなのはクライマックスなので「テラーは外的恐怖で持続時間が短い」と云えるかもしれない。だが、そこに至るまでに、来るか来るかという恐怖はある。
著者のサイトがあったのだが、なくなっている。掲示板だけあった。
グラン=ギニョル掲示板