レスリー・チャン主演の『夜半歌聲 逢いたくて、逢えなくて』(”The Phantom Lover” ロニー・ユー監督 1995)の存在は知っていたが、「香港版オペラ座の怪人」と書かれていたので、ああパロディでしょ?程度に思い、見ていなかった。最近、『上海バビロン』(平野純 河出書房新社)を読んでいたら、1937年に同じタイトルの映画が作られていたとの記述があり、興味惹かれた。
『夜半歌聲 逢いたくて、逢えなくて』を見て、YouTubeで『夜半歌声』(”Song at Midnight” 馬徐維邦監督 1937)も見たが、ああパロディでしょ?程度に思っていた私が間違っていた。『オペラ座の怪人』を基にしながらも、オリジナリティのある別のものとなっている。
1995年版も時代設定は1937年だ。廃屋となっているオペラ劇場に劇団がやってきて、若い男性の団員が黒マントの怪人と接触する。怪人はかつての名優ソン・タンピンだった。十年前の町の有力者の娘との悲恋、ソン・タンピンがいかにしてオペラ座の怪人となったかが語られる。怪人のレッスンを受けるのが男性であること、娘はソン・タンピンは死んだと思い発狂するというストーリーの大枠は二作品とも共通している。1937年版は古典的怪奇映画の結末、1995年版は悲劇的ではあるが一応ハッピーエンドになっている。
1995年版は『オペラ座の怪人』だけではなく『ロミオとジュリエット』の要素も混ざっている。劇中劇も『ロミオとジュリエット』で、レスリー・チャン作曲の歌が歌われる。
音楽もセットも美しい。1937年版よりロマンティックになっていて、悪役の鬼畜ぶりも強烈になっている。1937年版には発狂した娘が白い服を着てバルコニーで歌声を聴き、声に惹かれるように霧にかすんだ森をさまよう美しいシーンがある。こここそまさに「深夜の歌声」のタイトルにふさわしく、このシーンがあればよりよかった。両方、期待以上の映画だった。
1937年は第二次上海事変の年で、この時期の映画は中国人だけに分かる抗日のメッセージが含まれていたそうだ。1937年版の怪人は革命運動に挫折した元革命家という、原作やサイレントの『オペラ座の怪人』にはない設定がある。また、怪人が元々醜かったのではなく薬品をかけられたという設定は『オペラの怪人』(アーサー・ルービン監督 1943)にもあるが、『夜半歌声』(1937)の方が先だ。影響があったのか、たまたまなのかは不明だ。