『グラディーヴァ/妄想と夢』(作品社)はイェンゼンの「グラディーヴァ―あるポンペイの幻想小説」(1903)とフロイトの「『グラディーヴァ』における妄想と夢」(1907)が収録されていて、まずは小説を読んだ。メリメの「イールのヴィーナス」、ホフマンの「砂男」、ヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイヴ』に連なるピグマリオン、機械の花嫁テーマであり、ルートヴィッヒⅡ世やノヴァーリスの『青い花』から連想されるドイツの妄想家の系譜でもある。
『マネキン 笑わないイヴたち』収録の「マネキンのエロティシズム」で池内紀は「目の人」という言葉を使っているが、この作品に関しては「脳内の人」と呼んだ方が正確だろう。
若き考古学者ノルベルト・ハーノルトは古代ローマの浮彫(レリーフ)の女性に魅了される。その姿から「あゆみゆく女」という意味の「グラディーヴァ」と名付ける。右足の足裏とかかとがほぼ垂直になっていることから、実際の女性の歩き方を観察する。この段階はまだ「目の人」と呼んでいい。だが、ある日突然、ポンペイの娘だと気付き、ポンペイを彷徨い、夢で娘と何度も会う。気付いた、思った、感じたという表現が多い。怪奇的でも頽廃的でもなく、イタリアが舞台だけあって明るく、ハッピーエンドだが、妄想の暴走はかなり激しい、ステキな小説だ。途中まで読んだだけで、かなり気に入った。
笑ったのは、浮彫像から勝手に色々妄想してドイツからポンペイまで来て彷徨っている主人公が、蜥蜴を探している老紳士に会うところだ。「なんというばかげきった企てのために、人びとははるばるポンペイまで旅をする気になるのだろうか」とあるのだが、お前もだろという感じだ。
男性が「目の人」というのは解る気がする。逆に、女性は声とか言葉の方に敏感なように感じる。
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思い出して検索してみたところ、題材となったレリーフの画像があった。(2013年10月6日 追記)