理想の傘がなかなかない 1950~70年代篇

おしやれ紳士 紳士のライセンス

太田黒元雄の名前を知る前に、太田黒公園の方を先に知り、行ったことがあった。たしかピアノのある建物があったように記憶しているが、古本屋でクラシック音楽やオペラについての本で太田黒元雄の名前をときどき見かけ、何か聞き覚えのある苗字だと思ったら、やはり太田黒公園と関係があったのだった。

その太田黒元雄の著書『おしやれ紳士』(昭和三十三年発行 ダヴィッド社)はAmazonでは結構な値段する。どんな本なのか興味あったが、読む機会がなかなかなかった。見かけたのは神戸の古本屋だった。買い物し、店を出たところ、ショーケースの中にあるのが目に入った。きっと高いんだろうなと思いながら店の中へ戻り、店主にあれは売り物ですかと尋ねると、驚くほどお手頃な値段だったので迷わず買った。状態はよくないが、まあいい。

明治時代にロンドンに留学した著者が帽子、ネクタイ、手袋、靴、ハンカチーフ、ステッキ、カフスボタン、眼鏡、時計など、お洒落について色々と語っているので傘についての章があってもよさそうなものだが、残念なことにない。

傘については洒落者としても有名なエドワード8世がプリンス・オブ・ウェールズであった頃に来日した際のエピソードにほんの少し記載されている。シルクハットをかぶり、傘を持っていたそうだ。誰よりも傘を必要としないはずのプリンス・オブ・ウェールズが傘を持っていた理由について、自信を持って答えることはできないが常識で考えて、シルクハットがほんの少しの雨に当たっても醜くなるので、それを防ぐためだろうと書いている。そこでイギリス紳士の携行品として傘はステッキに劣らず重要に取り扱われ、実用品であると同時に男の服飾品のひとつになっているとのことだ。

そこからまた時代は下り、『おしやれ紳士』と同様にタイトルに「紳士」が入っていて紳士のあれこれについて語っている本がある。梅田晴夫『紳士のライセンス 国際人のための一級品★★★事典』(昭和四十五年発行 読売新聞社)だ。こちらは目次に傘の文字はあるが、「雨傘とステッキ」とセットになっている。

英国紳士は天気の日でも雨傘を持ち歩くが、実際に傘をさして歩く人は滅多に見ない。ロンドンでは細身の雨傘は、よく目につく山高帽とともに英国人のスタイルに不可欠なアクセサリーであって、やたらとそれを広げて身を守るという実用的な雨具ではないように思われると梅田晴夫は書いている。そして、日本の雨はじっとりと湿気で重い
雨であり、日本では傘は身を守るために必要不可欠で、いささかも装身具的要素というものを感じられないと。

やはり昔からそうだったのだ。あくまで実用品であり、アクセサリーとしての価値は等閑視されている。このことが記事「理想の傘がなかなかない 1980年代篇」に引用した長澤均の文の、持つに足る美しい蝙蝠傘が売っていなかったことにつながる。雨の多いこの国に、何故これほどまでに恰好よい傘がないのか、現代日本の紳士傘の「大きいことはいいことだ」、「大は小を兼ねる」と云わんばかりの野暮ったい長さと私が感じていたことも、やはり間違いではなかった。

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