フェルディナント・フォン・レズニチェク 1900年前後ミュンヘンの風俗画家 映画『たそがれの維納(ウィーン)』に出てくる絵

『たそがれの維納(ウィーン)』ヴィリ・フォルスト監督 1934)にアドルフ・ヴォールブリュックアントン・ウォルブルック)演ずるデカダンな画家が出てくる。仮面とマフのみしか身に付けていないモデルのヌードを描くが、その絵は画面には映らない。女連れで行ったミュージックホールに画家の絵が掛かっている。それを見た女は画家に尋ねる。

女 「あのハイデネクさんなの?」
画家「そうと分かったら・・・ 君の評価は?」
女 「下がったわ」
画家「私を知らないくせに」
女 「作品を知ってるわ」
画家「作品で人格が分かるかね」
女 「分かるわ」

たそがれの維納 レズニチェク
という面白い会話だ。

この絵を見て、はっきり記憶していたわけではないが、なんとなく見覚えがあるような気がした。載っていそうな蔵書を色々探していたら、あった!

ただ、画家の名前は書かれていない。画風から推測して、別の巻に解説が載っているフェルディナント・フォン・レズニチェクじゃなかろうかと当たりを付けた。だが、”Ferdinand von Reznicek”で検索しても、同じ画像は出てこない。まさか本当にハイデネクという画家がいるのかと思って調べてみたが、それはなかった。

もう少し蔵書を探してしたら、ユリイカ臨時増刊「総特集 禁断のエロティシズム 異端・背徳の美術史」に載っていた。やはりフェルディナント・フォン・レズニチェクで間違いなかった。

フェルディナント・フォン・レズニチェク(1968-1909)はウィーン出身、元は軍人だったが独学で絵を描き始め、パリ、ミュンヘンの美術学校で学んだ。ミュンヘンの雑誌に掲載されたお色気と風刺の利いた挿絵で人気を博し、好んで題材にしたのは上流階級の令嬢や貴婦人、歓楽街の娼婦や踊り子の恋愛模様だった。レズニチェクはパリでロートレックと実際に会っていて、推測の域を出ないが多くを学んだことだろうと田中雅志は書いている。軽く通俗的な作品世界は、普遍的評価を得ることなく忘れ去られてしまった。淫靡さと上品さが同居し、光と陰の表現が美しく、私は好きだ。

締めているのかほどいているのか知らないが、男が女の後ろからコルセットの紐に手をやっているのなんかいいですねー。この絵は別の本で見かけたことはあり、前から好きだった。

画集は5点刊行された。そのうち2点をInternet Archiveで無料で見られる。『たそがれの維納』に出てくる絵は載っていない。絵にはタイトルと数行のコメントが付いていて、これが読めればより楽しめるのだろう。
Galante Welt : Album
Unter vier Augen : Album

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