久世光彦「去年の魔都 いまいずこ」 久生十蘭『魔都』解説

悪い夢 久世光彦

朝日文庫の『魔都』久生十蘭)は久世光彦が解説を書いている。私が持っている文庫本は教養文庫と創元推理文庫で、朝日文庫は手元にないが、久世光彦の解説は『悪い夢 私の好きな作家たち』(角川春樹事務所)に収録されているので、改めて読んでみた。

久生十蘭『魔都』について書かれているのは1/4程度で、これでは解説というよりはエッセイではないかという気もするが、少ない行数で『魔都』の本質を突いてしまっているので、やはり解説なのだろう。

物語はどうだっていい。偏屈なら偏屈で、それでいい。人物たちにしたって、リアリティなどはどうだっていいのだ。胡散臭い安南王に日仏混血児、ユーゴーのジャヴェル警部を想わせる捜査課長に、貴人の相を持つ赤新聞の記者、さらには桃沢花という可憐な名前のお針子に、深紅のソワレのダンサー踏絵――彼らは、ただ帝都の夜にさえ似合えばそれでいいのだ。いかがわしければ、いかがわしいほど、デカダンであればあるほど、彼の《魔都》にふさわしい人物たちなのだ。

では残りの3/4はというと、これらがまた私も過去に記事にしてきたことが書かれていて、嬉しくなる。解説「去年(こぞ)の魔都 いまいずこ」によると久世光彦は《同潤会アパート》に月一回は必ず行っていたそうだ。関東大震災と戦災の狭間の幻の時代の悪い夢を見に、《帝都》の幻を見に。

そして、『魔都』を読む前は、てっきり上海の話だと思っていたことについて。霧、ネオン、四馬路、ジャズの喧騒、ピストルの音、街の女、秘密結社、スパイ・・・・・・山中峯太郎の軍事小説や野村胡堂の防諜冒険小説なんかを読んでいると空想ではないように思えた《魔都上海》幻想。もし昭和十年代に賢く博覧強記の大人だったら、きっと「魔都」という不思議な発光体のような小説を書いていたことだろうとのこと。そんな小説があれば私は絶対読むね。

幻は去り、仕方ないからと本棚から取り出す本が久生十蘭『魔都』海野十三『深夜の市長』江戸川乱歩『目羅博士の不思議な犯罪』、それらの物語で短い夢を見て、《同潤会アパート》を訪ねるのは、そんな夜の、あくる日。私は1995年の久世光彦ではないから、同潤会アパートの写真集でも眺めるとするか。

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