『忘れじの面影』死の香り漂う世紀末ウィーンの悲恋

忘れじの面影 1948

ドイツ出身でウィーンのブルク劇場の演出家、俳優だったこともあり、ドイツ、フランス、アメリカ、そしてまたフランスで映画を撮ったマックス・オフュルス監督がハリウッドで撮った映画のひとつが『忘れじの面影』(1948)だ。原作はウィーン出身のシュテファン・ツヴァイク。「流麗なカメラワーク」と形容され、後に『ローマの休日』などを撮影する撮影監督フランク・プラナーはチェコスロヴァキア出身、ドイツ、オーストリア、フランス、を経てハリウッドへ行った。主演はイギリス人ジョーン・フォンテーン、相手役はフランス人ルイ・ジュールダン夜想8「亡命者たちのハリウッド」収録の「オフュルスの二都物語――マックス・オフュルスのアメリカ時代」で梅本洋一はこの映画をハリウッド産ヨーロッパ映画と書いている。この文章でオフュルスの映画の重要な主題として階段が挙げられているが、意識して見ると『忘れじの面影』にも階段がよく出てくる。

雨に濡れた石畳を通る馬車、男がアパートの階段を登る。部屋で受け取った見知らぬ女からの手紙を読むところから物語が始まる。映画の中での現在が1900年頃なので、手紙が語る過去はまさに19世紀末ウィーンなのだ。夜、雪の街での男女の再会、レストラン、公園では手回しオルガンが流れる。汽車のコンパートメント席を模した遊具での旅の話。ピアノ、ワルツ、アパートメントへ。駅での別離。死の香り漂う世紀末ウィーンの恋がハッピーエンドに終わるわけがないのだ。

この予告にも出てくるが、回想シーンに煙のようなフレームが映るのが幻想的だ。

美しい恋物語ではない。男は美男だが遊び人で落ちぶれる。女の少女時代の恋は健気で微笑ましいが、だんだん妄執のようになっていき、自分勝手な行動をとる。ままならない現実世界から階段を通って夢の世界へ、そして、ほんの短い時間ながらもロマンティックな瞬間はあった。

左のファーストトレーディングのDVDは誤字が多いので好きじゃない。『忘れじの面影』はどうか知らないが、全体的に。右のDVDは男の苗字がBrandなのに字幕がブラウンになっている。きちんとしたメーカーから高画質のソフトを出して欲しい。

《追記》
マックス・オフュルスはウィーン情緒だけの監督ではないが、私はウィーンものが好みだ。最近、ウィーンの作家シュニッツレルシュニッツラー)原作の『恋愛三昧』『輪舞』、オーストリアの歴史もの『マイエルリンクからサラエヴォへ』、ウィーンではないがテイストが似ている『たそがれの女心』、別の監督のウィーンものでは『恋愛三昧』のリメイク『恋ひとすじに』『たそがれの維納』を見た。その流れで一年ほど前に見た『忘れじの面影』も久しぶりに見たくなり、見た。

やっぱりいいですねー。他の作品を色々見てから再度見ると、階段、駅、汽車、馬車、オペラ、ワルツ、手紙、決闘、愛と死など、繰り返し現れる要素がほぼ含まれていて、流麗なカメラワークでサスペンスもあり、ヴィジュアルは素晴らしく美しい。だが、人間は美しく描いていない。すごく悪いとか醜いということはなく、普通に駄目な奴、まあ人間そんなもんだよねという感じだ。そこがいい。

記事「買ったDVDは株式会社ブロードウェイのものばかり」に「ゴールデンウィークは一人でマックス・オフュルス映画祭にしよう」と書いたが、やっと半分くらいまで来たところだ。まだまだ行くよー! (2018年5月8日)

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