マーヴィン・ルロイ監督の『心の旅路』(1942)は、ちょっとうますぎる。出てきた小道具や台詞を後でもう一度出して前のシーンを思い出させるテクニックをさりげなくではなく、これでもかと使う。だが、役者の演技がよいので感動した。表情をとらえたクローズ・アップ、美女にはソフト・フォーカスだ。
ロナルド・コールマン演ずる記憶喪失の男はかなり受身な主人公で、特に何もしないのにモテモテだ。だが、それも楽しいわけではなく、戦争のトラウマや記憶がない苦悩を抱えている。記憶喪失中に知り合って結婚した親切な踊子(グリア・ガーソン)、記憶を取り戻してから猛烈に言い寄ってくるかわいい小娘(スーザン・ピーターズ)、どちらを選ぶ? という単純な話ではない。男の記憶が戻って実業家になり、何だかんだあって妻はその秘書になり、また何だかんだあって二人は結婚する。が、男は昔愛した男とは別人になっているという切ない話だ。また何だかんだあって結局どうなるのか?
面倒だから「何だかんだあって」と書いたわけではない。原題が”Random Harvest”、「行き当たりばったりの結果」というくらいで、うまくいったのはほんのちょっとした偶然の差しかない。映画のファンタジーだ。他動詞”harvest”には「(努力して)獲得する」という意味もある。男にとっては行き当たりばったりの結果だが、女にとっては努力の結果とも云える。