「スターニスラワ・ダスプの遺言」(H・H・エーヴェルス)は、歌姫に惚れ込んだ伯爵の話らしいとどこかで読み、『カルパチアの城』や『トリルビー』のようなものを想像した。ところが読んでみると、タイトルにもなっているスターニスラワというのが一応歌っている描写はあるものの、歌姫というよりはアバズレの芸人で娼婦という女で、惚れ込んだ伯爵は非道い目に遭わされ続ける。
女がどんなわがままを云っても伯爵は大きな愛で包み込む。やがて二人は結婚するが、この強烈な女のこと、平穏な結婚生活になるわけがない。第三の男が現れる。女の頼みならどんなことでも聞いてきた伯爵が唯一拒否したこととは?
スターニスラワは死ぬ。埋葬から三年後、自分の骨を礼拝堂の骨壷に納めよと遺言を残して。女は訳の分からない勝手なことばかりやるもので、この悪女も薬品によって死んでも美しさが保たれる状態になっていた。吸血鬼ものではないが、吸血鬼を連想させる。さて、伯爵はどうやって骨壷に入れるのか?
ナチスのホロコーストに関与し、数百万人のユダヤ人を収容所に送ったアイヒマンは「命令に従っただけ」と云った。骨になっていないにも関らず、愛する妻の遺言だから絶対に骨壷に入れなければならないと云う伯爵にも同じ種類の真面目さ(悪い意味の)を感じた。