映画『ラスト・タイクーン』(1976) 原作を再読してから

ラスト・タイクーン エリア・カザン ロバート・デ・ニーロ Last_tycoon

エリア・カザン監督の『ラスト・タイクーン』(1976)は20~30年代に凝っていた時期に一度見たが、退屈に感じ、二度と見ることはないだろうと思っていた。最近、フィッツジェラルドの原作を再読し、もう一度見てみたいと思った。

感想を読むと地味だとか眠いとか書かれているが、それも分かる。私は映画を見て、原作を二種類の訳で読んで、しばらく経って再読して、また映画を見て、やっといい映画だと思えた。

近年よくある「観客は馬鹿だから全部説明してやらなきゃ理解できないだろ」という作りの映画ではない。これは原作の意図が活かされている。映画の中で、主人公のプロデューサーは小説家が書いた脚本に対して「ただのトーク」だと云い、「ただのトーク」ではない映画がどのようなものかを実演する

相手が嘘を吐いていることに対して、そのことに対して台詞で何か云うのではなく表情の変化と移動だけで見せたり、とんでもないことが起こっているのに思わず笑ってしまったり、細部がよい。

豪華キャストで優雅なパーティーシーンも『カサブランカ』風の映画中映画もいい。一度見ただけでは人物がどのような人物なのかよく分からないかもしれない。かと云って原作も未完のためまとまりはなく、面白いわけではない。すぐには気に入らなかったが、じわじわきた。

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