『上海特急』(1932)西洋から見た幻想の魔都上海

上海特急 1932 Shanghai_Express_film_poster

上海特急は実在しなかったし、ハリウッドのセットで撮影された『上海特急』(1932)は西洋から見た幻想の上海、現実の方が色あせるほどに見事なキッチュ、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(1984)とも時間的に近い架空の上海であると小野耕世は書いている(夜想12号 上海 ペヨトル工房)。

『上海特急』を見て、たまたま古本で見つけた『上海パノラマウォーク』上田賢一 新潮文庫)を読んでいたら、監督のジョセフ・フォン・スタンバーグは上海の娯楽施設、大世界(ダスカ)を訪れていたという記述があった。ただし、『上海特急』を撮った後、三〇年代中頃だ。『上海特急』の生々しく猥雑な中国の描写は現実の上海を見る前のもので、自分が作り出した幻想に誘われるように上海へ向かったようだ。

『上海特急』は革命軍の列車ジャックを背景とした、男女の再会のメロドラマだ。北京から上海に向かう列車で、イギリス人軍医ハーヴィー(クライヴ・ブルック)は、かつて愛し合っていたが別れたマデリン(マルレーネ・ディートリッヒ)と五年ぶりに再会する。マデリンは男に体を売って中国を渡り歩いていると噂の、そして自称「悪名高き中国の白い花」上海リリーとなっていた。ミステリアスな割に正直なところがある。ひねくれた駆け引きなどないのだが、「自分は相手を愛しているが、相手は自分を愛していない」とお互いに思っているところからドラマが生まれる。男の危機のとき、女は男の無事を祈る。男は未練がましいことを云うが、女に危機が迫ればやるときはやる。

同乗している神学博士は神学博士だけあって、上海リリーのような娼婦は心が腐っていると非難する。だが、ハーヴィーを裏切ったように見える上海リリーの行動の真実、上海リリーの価値を発見するのもこの神学博士だ。上海リリーは蓄音機でジャズを鳴らす。終盤、上海に到着したときに流れるのも喧騒のジャズだ。だが、上海リリーと神学博士の重要なシーンではフランツ・リストの「愛の夢 第3番」が流れる。

動く蒸気機関車の細部や街の人々や動物、看板など、映像も見事で、何よりもマルレーネ・ディートリッヒの顔の陰影と表情の陰影、美しいと書けば陳腐だが、涙やアクセサリーが一瞬キラリと光るのだ。

マルレーネ・ディートリッヒ 上海特急 1932

かなり深刻な情況に陥るが、犬好きの老女が笑いを誘うし、最後はハッピーエンドで、気に入った。最近、私は上海に凝っている。西洋から見るより距離的には近いが、時間軸で見ると遠い幻想の魔都上海に。

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