『イット』 それは性的魅力

イット エリナ・グリン

諸君、
━━イツト
IT
いつと
と、三通りに書いた旗が、七月の風に飜 つてゐる。觀音劇場だ。

川端康成『浅草紅団』(1930)に書かれている。これは映画のタイトルだと思ったのだが、クララ・ボウ主演の映画の邦題は『あれ』(1927)なので、もしかしたらイット(性的魅力)という流行語、一般名詞かもしれない。性的魅力のある女性をイット・ガールと呼ぶが、その原作、エリナ・グリンの小説『イット』(1927)を読むと、イットは女性には限らない。

ジョン・ガントは最下層から身を起こした40歳。猫を可愛がっている。イットを持っていて女性からの人気はあるが、女性を本当に愛したことはない。ジョン・ガントが強烈にイットを感じるのがエイバ・クリーヴランド、25歳。貴族の出だが、贅沢しすぎて借金がかさみ、ジョン・ガントの下で働くことになる。

身分の違いはフィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』に似ている。ジョン・ガントは悪いことをして儲けたわけではなく真面目に働いてきたのだが、エイバに惹かれてからはスパイ行為をやったり、他人のふりして花を届けたり、ちょっと普通ではない。それでも表面はあくまで紳士的だ。訳も丁寧な話し方なところがよい。エイバもガントにイットを感じているのだが、身分は自分が上というプライドがある。エイバの弟が不良で、酒の密売をやる資金をせびったりして、姉を窮地に陥れる。エイバを救ってくれそうな崇拝者が現れるのだが、イットがないので却下。

恋の駆引きが色々あり、最後は一応ハッピー・エンドだ。ただハッピーな気分になれるというものではなく、スリルもあり、趣もある。映画や小説で、いつどうして好きになったのか分からないということがあるが、そういうときは性的魅力のせいだと思うことにする。

映画はこれから見てみたい。

表紙が美しい本だ。以下はカバーより引用。

ニューヨーク五番街の雪景色、真珠の首飾り、ロールスロイス、蘭の花束、赤い浴室、薔薇色の寝室・・・夢見心地を夢見る人たちに贈る、都会情趣に彩られた、贅沢な時代の贅沢な恋。

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