『さかしま』のユイスマンスの理想はボヘミアンになることだった

ボヘミアン生活の情景 アンリ・ミュルジェール scenes-de-la-vie-de-boheme

『超読書体験』コリン・ウィルソン 学研M文庫)に『さかしま』ユイスマンス 1884)についての章があり、ユイスマンスが今なお少数の熱心なファンに支持される「カルト的な人物」だという事実から始まる。コリン・ウィルソンがこの章を執筆中に訪ねて来た客が偶然ユイスマンス好きで、旅行にも十度目の読み直しができるように『さかしま』を持ってきていた。その客はいかにも典型的なユイスマンス信者といった浮世離れした風情で、彼ならユイスマンスの旧友ヴィリエ・ド・リラダンの科白「生きる? そんなことは召使いに任せておけ・・・・・・」を口にしても不思議はないと思ったとコリン・ウィルソンは書いている。英語圏にもユイスマンス信者はいるのだ。日本にもいる。

ユイスマンスは寄宿学校でいじめられ、十七で家に帰ってきた。彼の家はセーヌ左岸にあり、この界隈の光景を描いた『ボヘミアン生活の情景』アンリ・ミュルジェール 1849)がバイブルとなった。

ジョイスにとってのダブリンがそうであったように、パリはユイスマンスにとって生涯にわたる主題となる。「偉大な人間とは、自分の理想を演じる役者にほかならない」とニーチェは述べているが、ユイスマンスの理想は「ボヘミアン」になることだった。彼がマルセイユかリールに生まれていたら、私たちが彼の名を耳にすることはおそらくなかっただろう。日々「ボヘミアン生活の情景」を目の当たりにしていたおかげで、倦怠を想像力によって変容させることができた。
『超読書体験』コリン・ウィルソン 学研M文庫)22 ユイスマンス――究極のデカダン より

私もボヘミアンに憧れたので、親近感を感じる。ただし、当時はユイスマンスヴィリエ・ド・リラダンも知らなかった。映画『ムーラン・ルージュ』バズ・ラーマン監督 2001)を観て憧れたのだった。バズ・ラーマン『ムーラン・ルージュ』の元になったオペラのひとつ、プッチーニ『ラ・ボエーム』を演出したことがあり、『ラ・ボエーム』の原作が『ボヘミアン生活の情景』なのだ。『ラ・ボエーム』『ムーラン・ルージュ』も最後は悲劇だがコミカルな部分が多いところが似ている。

これは是非『ボヘミアン生活の情景』を読まなければと探したが、邦訳はない。

ユイスマンスの自然主義からの転換、日常生活が退屈なのにそれを客観的に細密に描写したところで何になろうということで、詩と強烈な主観性へ、ヴィリエ・ド・リラダンのアクセルのように、単なる生存は召使いのすることだと考える主人公を生み出した。それが『さかしま』のデ・ゼッサントだ。

気まぐれに耽るためには、当然主人公が充分な資産を持っていることが必要であり、また一人でいても楽しめるような十分な知性を備えていなければならない。
『超読書体験』コリン・ウィルソン 学研M文庫)22 ユイスマンス――究極のデカダン より

貧乏生活をしなくてもよいボヘミアンとはうらやましすぎる。そして、私が『ムーラン・ルージュ』のように非リアリズムを好むところともつながっている。ボヘミアンに憧れていたことすら、しばらく忘れていた。心はいつもボヘミアンでありたい。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。